市場情報と雑学と 〜明日使える知識を〜

某大手電気メーカーに勤める社内SE。マーケティング的なことも業務の中に入ってきているなかで有望な市場分析を発信していきます。また、導入してきたなかで便利な小物があれば紹介していきたいと思います。

水着130年の歴史を語ってみた

 

アメリカで水着の露出が多すぎて水泳大会の優勝者が失格になる、という事件がありました。

本日もフィリピンのリゾートで台湾人が紐の水着を着たことで罰金刑を受けています。

 

過度な露出というのは時代によって変わります。youtubeに120年に渡る水着の変遷をまとめた動画がありましたので水着の歴史とともに振り返ってみたいと思います。

 

なお今回男性の水着については触れません。

筆者に興味が無いもので…


Watching Bikinis Evolve Proves We're Living In The Best Time In Human History

 

 19世紀の水着

19世紀以前の水着は海水浴用に特別なものを用意する、という認識ではありませんでした。下着姿や古着、あるいは裸での入水が行われており生地も特別なものというわけではありませんでした。ボンペイなどでツーピースの水着が壁画に描かれていますが、水着として使用されていたかどうかはわかりません。実際のところ、遊泳はシーンは裸で描かれており、一般的なのはこちらなのではないでしょうか。

19世紀に入り、産業革命が起こり鉄道網が発達しました。旅行という概念が生まれ、海に旅行に行く人が増加していきます。

海水浴場という見知らぬ人と出会うことが増えてくるようになると服の素材が変化していきます。1858年の水着は水に濡れた際に肌が透けて見えないよう、サージやフランネル・アルパカなどの素材が使われます。上下一体の水着が使用されています。

 

 

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1890年

1900年代

 20世紀に突入すると、水際でパチャパチャするような遊びではなく、競泳・水泳といった実用性が重視されてきます。ガチ勢の誕生です。

オーストラリアの水泳選手アネット・ケラーマンは、英仏海峡の水泳横断に挑戦した最初の女性です。自らの経験から女性の水着が泳ぎづらいく体にフィットした軽い水着が必要だと主張し、自ら開発した水着を販売します。

1912年のオリンピックでの活躍で、フィットタイプの水着が世界に浸透していきます。

体のラインがはっきりでる首周りや手足が露出したワンピース型の水着をボストンビーチで着用した際、公然わいせつ罪で逮捕される事件が発生しました。

※現代人の感覚では極めて遺憾です

なお、水着という言葉が生まれたのは1915年にレッドダイビングガールという水着ブランドを立ち上げたセーターメーカーが由来です。

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アネット・ケラーマンの体にフィットした水着

 

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1910年

1930年代

首周りからの開放がおきました。短いスカートのついたキルト式水着や、スカートを省略し上下を一体縫製した、半月型の深い胸ぐりと身頃から裁ち出した幅の広い肩ひもを持った「タンク・スーツ(Tank suit・タンクは水槽、室内プールを指した)」が流行します。キルト式水着は現代でいうところのスクール水着です。1900年の基準でいうと逮捕レベルの卑猥な水着を学校で着ているわけです。

胸も足も少しずつ短くなっていきます。

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1930年

1940年

動画ではまだ一体型の水着を着用しています。

第二次世界大戦中の戦時生産には、膨大な量の綿、絹、ナイロン、ウール、革、ゴムが必要でした。1942年、米国 戦争生産委員会は衣類の天然繊維の使用を削減し、女性のビーチウェアの生地の量を10%削減することを義務付けました。[規制に準拠するために、水着メーカーはツーピースのスーツを製造しました。布地の不足は終戦後もしばらく続きます。

1946年にはフランスにてビキニが誕生します。ビキニの由来は原爆実験が行われたビキニ岩礁が由来といわれています。

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1940年

1950年代

1955年にカリフォルニアにてディオールが水着のコレクションを発表します。ウエスト、締め上げられたバストライン、イヤリング、ブレスレット、帽子、スカーフ、サングラス、ハンドバッグ、カバーアップを備えたドレスに進化しました。

1950年代はツーピースタイプの女性が過半数を占めていました。水着を売るための戦略としてミスコンが生まれます。美しい女性の写真と面積の少ない水着をセットで写真化することにより、美しい=面積の少ない布を世界に浸透させていきます。

グラビアというのもこのあたりからなのかもしれません。

素材も開発が進みポリエステルやアクリルなど、速乾性を備えたスクリーン印刷技術の他の合成材料が開発されていきました。

ある意味で50年代は水着という見た目を一番変えた年代かもしれません。

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1950年

1960年代

1950年代のステマの効果もあり、一般女性にもツーピースが浸透してきます。

画期的なデザインは概ね10年ほどで浸透しているイメージで進んでいますが、60年代に開発されたモノキニ、トップレスといったものは60年たってもあまり浸透していません。残念です。

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1960年

1970年代

水着の面積はさらに狭くなっています。

70年代で特筆すべき事項は競泳水着の進化です。

東ドイツのスイマーは、体の形にぴったりと合ったスーツ、いわゆる「スキンスーツ」を採用しました。最初は綿で作られてましいたが、濡れるとほぼ透明になるため水泳選手の間では浸透しませんでした。

一方、1973年の世界水泳選手権では、東ドイツの女性が14のイベントのうち10を勝ち取り、7つの世界記録を樹立しました。新しい合成素材で製造された水着が競争力のある水着として採用されるようになります。

余談ですがヌーディストビーチがこの年代で生まれています。

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1970年

1980年代

今見ると正直エグいデザインですが、ハイレグが流行します。

恥骨付近を露出させる、というのがこの時代の特徴ですが、その後の時代には無くなっていることから、一般受けするデザインではなくなってきていると感じます。

なお、ハイレグをデザインした水着デザイナーはその4年後に亡くなっています。死ぬ間際までこの攻めた姿勢…嫌いじゃないです。

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1980年

2000年代

2000年、Speedoは、サメの皮を模したFastskin水着を発売しました。

これまでの競泳水着が抵抗を邪魔しないものであったのに対し、水の流量を利用して効率化できるように開発されています。首から足首、手首に至るまでほとんどの身体を覆い、特定の泳ぎのストロークに合わせて形状が最適化されました。2000年のオリンピックで使用されメダルの83%を獲得するのに役立ちました。次のオリンピックまでに、同様のスーツがTyr Sport、Inc.によって開発されましたが、FINAによって利用が禁止されました。

2009年7月、FINAは2010年から競技会での非繊維(不織布)水着の禁止を規定しました。新しい規定では、男性の水着は臍から膝まで、女性の肩は膝から膝までの領域を最大限にカバーできると述べています。

 視覚効果でウエストに眼がいきますが、一般的な水着はほとんど変化がありません。

 

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2000年

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2015年

 

水着130年の歴史をざっくりとまとめてみました。

今後水着がどのように進化するのか、紐水着や無着衣も100年後にはオリンピックで採用されているかもしれません。水の抵抗という面から見ると巨乳は競泳には向いてないので見る側には面白くないのかもしれません。

 

紐の普及を心から応援しております。

 

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